サトラレのように、「自分の思考が周囲に伝わってしまう」と言う現象が実際に起こってしまう人もごく稀に存在する。 総合失調症などの精神疾患でない場合、ある種の憑依が考えられる。
守護霊や高級霊、またその他の善霊が憑依している場合、憑依されている人へ危険が及びそうなところから遠ざけてくれることがある。
例えば、大切なプレゼンを控えているとき、事故の起こりそうな場所へ行かぬよう誘導してくれたり、連絡もとってないのに事話を聞きたかった人があらわれたりするなど、努力しなくても集中できる環境を整えてくれるのである。
さらに、「プレゼンを有利に進めるための資料を、偶然にも本棚の奥から発見できた」などのように、自身にとって有益な情報が、自然に転がり込んでくる場合も多い。
いわゆる「勘が鋭い」人と言うのは往々にして憑依体質を持っている。また、周囲の人も「あの人の考えていることが分かった」というよりは、「他の用事で来たはずなのに、全く違う行動をしていた」「ふと気がつくと思ってもいなかったことを話していた」などのように、無意識的に行動を起こしてしまうようだ
これらは偶然に見せかけた善霊の、素晴らしい計らいである。
前者とは全く逆に、復讐心などに燃えた悪霊(生霊、自縛霊など)がその人の人生を乗っ取るために、サトラレ現象を発動させることもある。
これには2パターンある。
まず、本人を不幸に貶めるような、全く本心ではないことを伝達する悪霊がいる。例えば行きたい場所があるのに邪魔して行かせない、また体に悪い(あるいは好みでない)食べ物をむやみに食べさせられるような状況を作って心身を壊す、などが挙げられる。
心や身体のエネルギー・波長が落ちているときには、このような目に遭いやすい。
思い当たるものは、日頃から気を強く持ち、規則正しい生活をするなど、心身を朗らかに保つよう心がけよう。
もうひとつはやっかいで、善霊と同じように、その人にとって有益な情報をもたらす場合だ。これは強力な憑依の初期段階で、まず、その人を十分に信頼させてから心身をコントロール可能な状態にする。そして悪霊の果たしたい怨念を晴らすべく利己的な行動を取らせる、という巧妙な仕組みを作る。
この手の憑依はなんとしても避けなくてはならない。場合によっては、人間関係や人生をも破壊するような恐ろしいものなのである。
特徴は、「あなたは特別な力を与えられた」など、などわざとらしいささやきが聞こえるなど、選民感覚・優越感を刺激するようなイメージが降りてくることだ。
または「これをしなければ破滅する」とささやく、など恐怖感で思考をにぶらせる、というケースもある。
普通の人間関係に置きかえれば分かるが、安直に人を持ち上げる、ないし落とすような行為は、得てして裏があることが多い。
日々、悪霊に負けないような魂を自らの内に育てることが肝要だが、ひどい場合は適切な霊能力を持った人に相談するのも一つの方策だろう。
サトラレとは、自分の思考が自然に周囲へ伝播してしまうという、漫画によってつくられた架空の病気である。
正確な病名を「先天性R型脳梁変成症」と名付けられた。
サトラレはIQ200ほどの天才的な頭脳を持っている。しかし本人がそのことを知ると「自分の考えが全て周りへ伝わってしまう」という恐怖から、精神が壊れてしまう。そのため、国家をあげて保護されているという設定から、物語がつくられていった。
原作は漫画家・佐藤マコトで、2001年には映画化、2002年はドラマ化もされた人気作品だ。
発想の原点は「サトリ」という妖怪である。またアメリカの映画「トゥルーマンショー」にもヒントを得たらしい。
また、漫画が著名になってからは「自分はサトラレではないか」と言いだす人が増えた。これは、統合失調症やパラノイア(偏執病)の症状に酷似している。
日本古来の妖怪で山男。中部地方・東北地方で伝承されている。毛むくじゃらの猿のような大男で山奥に住み、人の心を読む能力を持っている。
山神の一種に分類される。ただ、昔の人はやまびこを聞いた際、その仕組みを知らなかったために、「これは妖怪の仕業だ」と考えたのでは、とも推測される。
サトリの真逆の存在として、「サトラレ」が発想された。
民話・サトリ概説
木こりが山道を歩いていると迷ってしまった。夜も更け途方に暮れていると突然、巨大で全身が毛におおわれ、口から牙が向き出している恐ろしい形相の山男があらわれた。
びっくりして怖がっていると、サトリは「今、お前は、『びっくりした、怖いよう』と思ったろう」など、考えていることを次々と当てていく。木こりがおそれおののき逃げようとしたら、切り株につまず転んだ。その時、手が滑って、持っていた斧がサトリに向かって飛んでいった。
するとサトリは驚き、「人は思ってもいないことをするのか」と言い残して去っていった。
(地域によって「斧」の部分は異なり、東北地方では「かんじき」、中部地方では「桶」や「刈った柴の束」などの場合もある)
1998年、アメリカで製作された映画。監督はピーター・ウィアー、主演はジム・キャリー。
主人公は、生まれたときから人生を24時間撮影されていて、それはテレビ番組として世界220ヶ国へと放送されている。勿論本人はそのことを知らない。彼の住む街は、大きなドームの中につくられたセットである、そして周囲の人は全員が俳優、という荒唐無稽な設定を元にし、話が進められていった。
サトラレもトゥルーマンショーの主人公と同じく、自分だけが自分の身に起きていることを知らないなどという部分が似ており、作者もこの作品からインスピレーションを受けたと語っている。
冒頭にも述べたように、サトラレは架空の病気だ。
「自分はサトラレではないか」と言う人は以下を疑ってほしい。
・統合失調症
自分の考えが周囲の人に漏れている、思考盗聴されていると思いこむ「思考伝播」と言う症状が酷似している。
・偏執病(パラノイア)および妄想性人格障害
自分のことを「周囲とは違った能力を有する、特別な人間である」と言い張る誇大妄想を持つ人。
また、身近な人から思考盗聴の攻撃を受けている、などの被害妄想者も当てはまる。