オカルトとは本来、「隠されたもの」を意味するラテン語(occultus)に起因する言葉であり、神秘主義的な思想体系を指す言葉である。
この「隠されたもの」とはさまざまな意味を持っている。
例えば、霊的な存在のような、「目には見えないもの、触れられないもの」もそのひとつであるし、秘密結社、魔術結社等、外部から隔絶された組織等が所有する、知恵や理論等もそのひとつである。
しかし本筋としては、「科学的には検知できないが存在している、神の業や法則」こそがオカルトのエッセンスである。
こうした神秘のヴェールに包まれた法則の世界を探求する人が、オカルティストであり、そうした思想体系がオカルティズムなのである。
従ってオカルトに含まれる分野幅広い。
例えば占星術、魔術、錬金術、心霊学、シャーマニズム、超能力など、多少とも秘教的なものであればオカルトなのである。
しかし現代の日本においては、霊的世界=心霊・恐怖という図式になり、ほぼ未知現象や怪奇現象のみを指して「オカルト」と呼称している。
これは本来のオカルトの意味合いを大きく履き違えてしまっていると言わざるを得ない。また歴史的には「非主流派」に対する「侮蔑用語」としても使われる傾向がある。
例えば厳格なキリスト教信者が、他の宗教宗派に対して「あれはオカルトだ」等と使われたりする。
また有名な話では、ニュートンが万有引力を発表した頃、他の科学者は「あの考えはオカルトである」と酷評したというエピソードが知られている。
またよく勘違いされる言葉に「カルト」がある。
カルトは「崇拝」、「礼拝」を意味するラテン語(Cultus)から派生した言葉だが、オカルトとはまったく意味合いは異なる。
カルトは、反社会的な教えを崇拝するオウムのような宗教団体を指す代名詞として知られているが、熱狂的なファンの多い映画なども「カルトムービー」と呼ぶ。
では歴史的に著名なオカルティストを紹介しよう。
まずは神智学協会の設立者、ブラヴァツキー夫人ことエレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(1831年 - 1891年)である。
「神智学」はキリスト教、仏教、ヒンドゥー教、カバラ、古代エジプトの宗教をはじめ、さまざまな宗教や神秘主義思想をブレンドさせたものである。
また、霊界、アストラル界の世界など、人間の死後世界に関しての体系をまとめ、諸方面に大きな影響を与えた。
また「人智学」の設立者、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)も著名である。
「人智学」は直感によって「超自然的な存在や法則(オカルト)」をとらえようとする技術、及び知識体系を指し、哲学や芸術面でも多方面に影響を与えている。
オカルト・神秘主義の歴史とは、迫害者の歴史でもある。生きる真理や、この世の本質について考え生まれた新たな思想は、当時の権威的存在よりから迫害されることが多く、時には強い弾圧のもとに屈していった。
その中でも、歴史に名を残していったオカルト主義・神秘思想者の主だったものを紹介する。
■オカルト的思考の発祥・神話
オカルト的な思考のルーツは定かではないが、「世界はどのように誕生したのか」とか、「万物の生成はどのように行われたのか」「さまざまな天変地異の原因は何か」などという人類普遍の疑問に対して、寓話の形式や神々の物語を通して解答を与えた、神話的思考が発祥なのではないかと推測される。著名なものにギリシャ神話やエジプト神話などが挙げられ、日本にも天照大神の伝説などの神話が「日本書記」やその他の文献に記載されている。
これらには地域や時代、人種を超えた普遍性が見られる。そのため、後に心理学者ユングはこれを「集合的無意識」と名付けた。勿論各地の気候や地理的特徴に左右されている部分はあるが、発想がどことなく似通っているところに、人類の思考および脳の特徴が現われていると言えるだろう。
■インド神秘思想
ギリシャでは、神話的思考からの脱却を図り、プラトンやアリストテレスに代表されるような哲学の祖が生まれた。これとは対照的に、インドでは、神話や呪術的思考をより深く掘り下げ、神秘的世界へ高い親和を試みる中で、独自の思考体系が成立したのだった。
インドでは紀元前800年ころから200年ころにかけて「ウパニシャッド」という書物群が誕生した。ここには有名無名の哲学者が登場し、宇宙の根源、人間の本質についてさまざまな思索を展開するが、インド独特の「梵我一如」、すなわち宇宙を形成しているものとする原理と個人を支配するものが根底で繋がっており、それを知ることで幸福に至る、とする思想が紹介されている。
また、ウパニシャッドはその性質から、秘教的・呪術的であり、神秘思想、オカルティックな側面が強い。
例えば、瞑想や苦行などを通じて、宇宙を包括しているとされる神秘な力を体感することが出来るとした。自分の肉体と宇宙を一体化させるという神秘的な体験が、ヨガやさまざまな肉体的修行によって可能となる、などと信じられ実際に行われていた。
■ドイツ神秘思想
14世紀のドイツ、主にライン川の周辺で盛んに論じられていた、オカルト体験などを推奨した神秘思想のこと。
これは「己の中に潜む我欲を捨てることで、魂が人智を飛び越え、神と一体化することが出来る」という思想であり、それは自分の魂を客観視することで得られる体験とした。瞑想などで得られる神秘体験を重んじ、後のルター派の宗教改革にも大きな影響を与えたと言われている。
・マイスター・エックハルト
13世紀から14世紀ころに活躍したドイツ人のキリスト教神学者、神秘主義者。
神と人の間に明確なラインを引いたキリスト教において、彼は独自の説を提唱した。概要は以下。
「己を捨てることで、神と一体化できる。すると絶対的な神という存在は無きものとなり、自分の中に神を内包することが可能となる。すると神を愛する者から、神に愛される者となることが出来る」というものである。
また「己を捨てるには、いくら物質的なものを捨て去っても意味はない。内面にある我を捨てなければならない」とし、フランチェスコ会で推奨されていた清貧の運動を批判した。
そしてこれらの思考過程を総称し「離脱」と呼んだ。インド哲学や仏教思想などに酷似しているのは興味深い事実である。
これは当時のキリスト教社会の概念を覆す思想であったため、異端宣告を受けた。彼はケルンで神学者として活動していたが、この思想を発表した後、教会を追われることとなった。
■フランツ・アントン・メスメル
19世紀に活躍したドイツの医学者、催眠術・動物磁気の提唱者。
動物磁気とは人の体内に流れる気のようなものとされる。これは彼金属や磁石を用いた彼独自の実験によって明らかにされたと言われているが、実際のところは、大変オカルティックで神秘的な体験として認識されていた。
その治療法を紹介する。
「メスメルは、患者を個別、または集団で催眠をかけ、バケツと鉄棒、ロープを用いた独自の方法で磁気を流して病気を快癒に導いた。一定の効果が得られると患者の手が痙攣したという。また、催眠会の最後にはグラス・アルモニカと呼ばれる謎の楽器の演奏を行うこともあった。これを聞くと具合が悪くなるものもいたと言われている」
動物磁気の研究を受け継いだ彼の弟子も、これを心霊術や交霊会等に用いたため、一般的な医学とは一線を画した神秘的・オカルト的技術として受け取られている。
■ブラヴァツキー夫人
19世紀に活躍したロシア人。神智学を提唱し神智学協会の創立者。
神智学とは、あらゆる宗教や呪術的思想、神秘思想を折衷したものである。彼女は 著書「ヴェールを脱いだイシス」の中でこれを解説している。
そこでは、「イシス密儀」のような、古来より信仰されている呪術的思想を復活させることを提唱し、キリスト教や科学的論拠に固執して失われる霊性の復活を説いた。
これは、ロシアの芸術家、作曲家スクリャービンやカンディンスキーなどへ大いなる影響を与えたと言われている。
しかし、キリスト教の論客からは迫害され、彼女はインドへ渡った。そこで神智学はインド哲学やインド神秘思想、またヒンドゥー教などを取り入れ、さらに発展していった。
■ルドルフ・シュタイナー
19世紀末から20世紀にかけて活躍したオーストリアの神秘思想家で、人智学を提唱した。哲学博士でもある。
彼が提唱した人智学とは、以下の通り。
「人間は、生きているうちに与えられた〈五感〉では物事の表層のみしか知りうることが出来ない。しかし、死んだ後の人間には五感を飛び越えた7つの超感覚(チャクラ)が与えられ、それによって物事の真理や本質を理解することが出来る。これは全ての人が持ち得る力であり、生きている間に超感覚を得るためには思考方法の研磨や修行、瞑想、その他の神秘体験等のもとで研鑽を重ねなければならない」というものである。そして著書の中ではこれらの具体的な方法も明かした。シュタイナーの人智学は呪術的・東洋的な神秘思想というよりは科学的な思考も取り入れているのが特徴といえる。むしろ、オカルト的体験のみへ傾倒することを嫌った。
また、この思想をベースにした幼児教育者としても知られおり、シュタイナー教育を謳った学校は全世界に存在する。