1964年12月22日東京都墨田区出生。薬品会社に勤めるサラリーマンの長男であり、兄弟は七歳年上の姉が一人いる。幼少期より霊やオーラを視たが、父母の薫陶によりごく普通の子供として育つ。四歳の時に父親を、十五歳の時に母親を亡くす。苦学を重ね本郷高等学校デ学部芸術学科美術専攻に進学し彫刻を学ぶ。個人的には声楽のレッスンも受け始める。
生前の母の「18歳までは守られる」という言葉通り、19歳から霊がさらに視えるようになり、数多の超常現象に昼夜問わず遭遇、孤独と苦悩の日々を送る。そして苦しみのあまり、19歳で大学を中退する。
アルバイトをしながら何人もの霊能力者を尋ねるが、詐欺まがいの者ばかりでなんら問題解決には至らなかった。金銭的にも精神的にも困窮するが、20人目に訪れた日本心霊学会の講師でもある寺坂多枝子氏に出会い救われる。
彼女のアドバイスにより以後霊能力の研鑽のため独力で修行を積む。修験道系の寺院で一年修行し、その後二年間、昼間はアルバイトをしつつ夜は高尾山で滝行を一人で行い(命を落とす危険性があるので絶対真似をしないように、と自著で読者に呼びかけている)憑依体質を克服する。また前述の霊能力者、寺坂氏関連の勉強会にも出席し霊的世界の研究を重ねた。その中で自身の能力を生かして人を救いたいと考えるようになる。
しかし金儲けを企む人間に自身の霊能力を悪用しようとされ、また寺坂氏に「社会的に信頼されるようにきちんとした職業を持つべき」とのアドバイスを受け、22歳の時に神職資格の取得を目指し国学院大学夜間部に進学する。学業の傍ら北沢八幡宮に実習生として勤め、授業終わりの深夜には心霊相談を行い評判を呼ぶ。
無事学を修め、神職資格を取得。北沢八幡神社の広間他、東京、横浜の計三か所でスピリチュアル研修会を開催。また心霊相談も継続しており、当時北沢八幡宮付近に住んでいた東国原英男氏が同神社に凄い霊能力者居るとの噂を耳にするほどの評判となる。(『オーラの泉』出演時談)この頃、心霊現象で悩む作家の佐藤愛子氏の相談を受け問題を解決、絶大な信頼を得た。
1989年24歳の時に北沢八幡宮を去りスピリチャルリズム研究所を設立、独立する。
1990年25歳の時、スピリチュアリズムの更なる研究のため、またスピリチュアルカウンセラーとしての精度を磨くため、イギリスに渡る。ロンドンの霊能力者を育成する団体「英国スピリチュアリスト協会」の厳正かつ難関と言われる審査をパスし、所属を認められる。そこでネラ・ジョーンズ、ドリス・コリンズ、テリー・ゴードンなど著名な霊能力者たちと交流し、理論と実践の両面で自身の能力を磨いた。以後、計九回渡英しスピリチュアリズムの研究を重ねた。
帰国後、日本で初めてスピリチュアルカウンセラーという呼称を用い、精力的に活動する。また作家の佐藤愛子氏の協力でマスメディアに登場するようになる。「人はなぜ生まれ、いかに生きるか」を語ることを目指したが、他の霊能力者と同様バラエティ色に偏った際物扱いを受ける。
1992年27歳の時、雑誌『anan』に江原氏の記事が掲載され、話題を呼び予約が殺到する。
1993年28歳の時、元相談者でスピリチュアリズム研究所社員の女性と結婚する。
その後、小さな出版社から出した著書が異例のベストセラーとなりさらに話題を呼び、メディア露出が急増する。
2003年テレビ東京深夜番組「えぐら開運堂」に毎週レギュラー出演し、公募した一般人を番組内で霊視相談したり、視聴者や出演者のスピリチュアルな疑問に答えた。視聴率がよく、長寿番組となる。
この頃から、オカルトコーナーに置かれていた江原氏の著作物は、精神医学・カウンセリングコーナーやその隣にスピリチュアルカウンセリングという新たなコーナーが設けられ、そこに置かれるようになるほど、社会的にスピリチュアリズムが浸透する。
2005年4月からは美輪明宏氏と共にテレビ番組「オーラの泉」を開始。スピリチュアリズム思想から人生を説いた。当初、深夜番組であったにも関わらず驚異的な視聴率をはじき出し、どんどん早い時間に移行し、最終的にゴールデン番組となった。世にオーラの泉ブーム、スピリチュアルブームが起きる。しかし、江原氏は見えない力が自分の苦しみをどうにかしてくれる、という世の「スピリチュアル依存」傾向に警鐘を鳴らした。
2009年「オーラの泉」放送終了。江原氏は新たな活動のステージに移る、と語った。
美輪氏の提言により始めていたスピリチュアルアーティストとしての活動に力を入れる。30代半ばに武蔵野音楽大学に入学し本格的に声楽を学び、その力量には評価が高い。
またホスピス「きぼうのいえ」に書籍の売り上げなど巨額の私財を寄付し、東京都台東区日本堤に長年の夢であるホスピスを建設するために尽力したが、周辺住民の反対運動に遭い建設中止となった。
2011年2月、一般財団法人日本スピリチュアル協会発足、代表理事に就任。翌月「ザ・スピリチュアル・サンクチュアリ」という施設が完成。この施設はイベント時のみ解放されるが、施設入口の商店には営業時間内ならいつでも訪れることが可能である。
2011年3月31日、スピリチュアルカウンセラー改めスピリチュアリストという肩書に変更した。スピリチュアルブーム以後スピリチュアルカウンセラーを名乗り霊感商法を行う偽霊能力者が多数現われスピリチュアルカウンセラーの名前が形骸化したためであると自身のホームページ等で語った。
人間はスピリット、つまり霊魂の存在である。霊魂が肉体に入って生きている存在であり、死は単に肉体と霊魂を分離するだけにすぎない。死を迎え肉体を失っても魂は永遠に生き続ける。宇宙には我々が感知することの出来ない非物質界のスピリチュアルワールド、つまり霊界が存在し、そこから魂の研鑽のために筋力養成ギプスの様な肉体を被り物質界という不自由な世界で修行している。よってこの世で味わう苦難は実は修行を一気に進めるチャンスであり魂にとっては幸福なことである。
・ステージの法則 死後、霊魂は諸諸のレベルによって非常に細分化された階層世界に分けられる。そこには自身と同等のレベルの霊魂しかいないため、自身の霊格が高ければ天国だが、自身が人をいじめて喜ぶような人間であれば同じ目に遭う。現世ではこの階層を上げ少しでも神に近づくために修行するのである。
ガーディアンエンジェル、つまり守護霊は魂の親である。守護霊はどのような人間にも必ず複数ついており、生まれる前も、現世も、死後も、見守ってくれている。守護霊には大きく分けて二つ、担任教師のような中心となる守護霊と、才能や適職をサポートするガイドスピリット(指導霊)がいる。その他にも10年以上先まで見通し運命をコーディネイトするコントロールスピリット(支配霊)、ヘルパースピリット(補助霊)がいる。
守護霊は自分にとって都合の良い魔法使いではなく、常に魂の成長という観点から守護をする。故にあえて被守護者を転ばせることもある。
人間は決して孤独ではない。どんな時でも常に守護霊は見守っている。それはスピリチュアルワールドにある魂の集合体、その一部が現世で人間として修行をしており、その残りの集合体が守護霊だからである。その魂の集合体のことをグループソウル、類魂と呼ぶ。
類魂をコップに入った一杯の水と考えると分かり易い。その水は少し濁っており、その水は自分の魂の故郷である。その成分は自分の沢山の前世と守護霊たちの個性である。水の濁りは自分の未熟さ、例えば自分の本質がやさしさに欠けるとすると、それが濁りである。より清らかな水を目指すため、その中の一滴をコップの外、つまり現世に出し浄化する。それをまたコップに戻し、また一滴を外に出す、ということを繰り返す。地道な過程を経てコップの水が透明になると神になる。そのために人間は転生を繰り返す。稀に同じコップから二滴外に出される場合もある。それをツインソウルと呼ぶ。
カルマとは因果応報の法則のことで、「自らまいたものを刈りとる」「よきも悪しきも。した分だけ等しく返ってくる」というもの。幸せになりたければ人に幸せを与えればいい。
誰に意地悪をされた時、そこで人に意地悪をされる気持ちを理解し自分は人に意地悪をするのはやめようと思えばカルマは解消される。そこで意地悪をした人を憎めば、意地悪をするカルマは解消されても人を憎むことで新たなカルマを生む。また意地悪をした人は、意地悪をするというカルマを負って自分のカルマを解消してくれることになるので感謝すべきである。
人間の感情や思い、想念はエネルギーを生み出す。そのエネルギーは波動となりその人や周囲、守護霊に影響を及ぼす。スピリットの存在である人間は同じ波長を載った者同士が引き寄せあう。故に自分の波長を知りたければ自分の周囲の人々を見ればよい。意地悪な人ばかりであったら自分も意地悪な波長を出しているということ、優しい人ばかりであったら自分も優しい波長を出しているということである。言葉、思い、行動で人間の波長は決まる。幸せになりたければ高い波長をだすように努力すればよい。
前述の通り現世は波長の法則とカルマの法則で成立している。自分自身で作り上げている現実だからこそ、自分の意思で変えることも可能である。国籍、家庭環境、性別等々生来の要素は宿命であり変えることが出来ないが、その宿命の上にどのように生きるか、という運命は自分で創り上げることが出来る。
以上の法則によって自分が遭遇する幸福も不幸もすべては自分の意思決定の結果であると言える。愛情が欲しければ他者に愛情を与えればよい。だがそこに打算というネガティブなエネルギーが入るとそのネガティブなものが返ってくる。また例えどんな小さな罪でもカルマによって償うことが出来る。それから物質への欲求、自分のコンプレックスの裏返しの欲求は真の幸福ではない。スピリチュアルな人生に目覚めることが幸せである。
(『幸運を引き寄せる スピリチュアルブック』江原啓之氏著 三笠書房 p202~p236より要約、一部引用)
内容はシルバーバーチの法則と類似する点があるが、守護霊との対話や独自の研究を通して霊的真理を分かり易くまとめたオリジナルのものである。これを編み出した後、『シルバーバーチの法則』を読み、自分は間違っていなかったと安堵した、というエピソードもある。
イギリス滞在中にある男性霊能力者の名刺の肩書に「スピリチュアルカウンセラー」とあったのを目にする。以後霊能力者という名称の、現世利益を付与する拝み屋的イメージ、陰鬱なイメージ、インチキくさいイメージを厭い、そう名乗るようになった。
そのカウンセリングスタイルは、相談者の相談に応える、という形ではなく、まず自身が守護霊とコンタクトを取りそのメッセージを相談者に伝えるという「シッティング」というスタイルである。また前述のマイナスイメージを払拭するためカウンセリングルームはサロン風の明るくかわいらしいインテリアでコーディネイトし、普段着でカウンセリングを行った。
江原氏は十数年に渡りカウンセリングを行ったが、現世利益を求める人や楽して幸せになろうというスピリチュアリズムに反する相談ばかり、また常識では考えられないようなクレームをつける人も多く、やってよかったと思えるカウンセリングは10%にも満たなかったと語っている。そんな中で、応急処置的な個人カウンセリングに時間を割くよりも霊的真理や「人生の地図」を普及させるほうが遥かに世のため人のためになると考えカウンセリングを休止、講演活動や執筆活動に重点を置くと宣言した。現在もカウンセリングは行っていない。
またスピリチュアリズムを説く者として実践も大切だとし、毎年国境なき医師団や日本赤十字、ユニセフ、プランジャパン等々に多額の寄付をしている。
・江原氏は前世を茶坊主と自称。薬の調合が上手く殿様に重宝されたが、仲間に妬まれて薬をすり替えられる。それが原因で殿様は体調し投獄され、自分が薬の調合を間違えたのだと自責の念に駆られ悶死したという。また修道士であった前世もあり、その時は前世の美輪氏と同じ修道院にいたという。