「八百万の神」と呼称されるように、わが国には多くの神々が存在する。
これは、太古から日本で神道が信仰されてきた影響によるものである。
神道においては、自然現象から災害、自然物におけるまで、あらゆるものに神が宿っているとされる。この点ではアニミズムとの共通項もみられるだろう。
キリスト教やイスラム教など、主たる宗教のほとんどが唯一絶対の神を立てていることとは好対照である。
また、ギリシア神話やローマ神話でも複数の神が登場するが、これらにはともにゼウス/ユーピテルという神々を統括する最高神がいた。日本の神々は、名目上こそ天照大神(あまてらすおおみかみ)という最高神が存在するが、実質的にはその権力は独立したものであるのが特徴である。
くわえて、日本各地には民間信仰も多く、そのなかでもそれぞれたくさんの神が登場する。さらには、歴史上、固定化した国家宗教がごく一時期を除いて存在しなかったこともあり、外国由来の神が日本に土着し、独自の変化を遂げたものもある。
また、日本の象徴である天皇も、第二次世界大戦以前は代々ずっと現人神として崇められてきた。最初期の天皇は神話的な存在であり、実際に日本神話においては神の子孫として描かれている。
このように、日本は神々の国だということもできる。
ここでは、それらの神々のなかでも代表的な神々について記述したい。
なお、神々を数える単位は「柱」(はしら)であり、一柱、二柱……と数える。
日本神話に登場する神々は、天津神(あまつかみ)と国津神(くにつかみ)との二つに大別することができる。
天津神は、高天原にいる神および高天原から天降った神のことであり、一方の国津神は最初から地上にあらわれた神々のことである。
▼別天津神(ことあまつがみ)
天地創造の際にあらわれた五柱の神々のことをいう。天津神のなかでも別格の神だとされる。
○天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
……至高の神。宇宙の根源。
○高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
……征服・統治の神。高木を神格化したものだと捉えられている。
○神産巣日神(かみむすひのかみ)
……生産の神。
上記の三柱は「造化の三神」と呼ばれ、いずれも性別をもたない神である。
その後、国土が形成されてから以下の二柱の神があらわれた。
○宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
……活力を司る神。「あしかび」は「芦の芽」という意味であり、生命力を神格化したものである。
○天之常立神(あめのとこたちのかみ)
……天そのものを神格化し、天の恒常性をあらわした神。
これら五柱は、いずれも天地を創ってまもなく姿を隠してしまったため、神話中の記述は数えるほどしかない。具体的な業績が書き留められてもいないため、実際に祀っている神社はわずかしかなく、近年まであまり信仰の対象とはされてこなかった。
▼神世七代(かみのよななよ)
『古事記』では別天津神につづいてあらわれた十二柱七代の天津神のことを指す。また、『日本書紀』では十一柱七代としている。
この神々には性別が生じ、異性への愛を見出すようになる。
『古事記』
○国之常立神(くにのとこたちのかみ)
○豊雲野神(とよぐもぬのかみ)
○宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)
○角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)
○意富斗能地神(おおとのじのかみ)・ 大斗乃弁神(おおとのべのかみ)
○淤母陀琉神(おもだるのかみ) ・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
○伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)
『日本書紀』
○国常立尊(くにのとこたちのみこと)
○国狭槌尊(くにのさつちのみこと)
○豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)
○泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)
○大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)
○面足尊 (おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと)
○伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
▼三貴子(みはしらのうずのみこ)
伊邪那岐神が黄泉の国から戻ってきた際、汚れをはらうたびにたくさんの神々が生まれ落ちたが、そのなかでも最後に生まれた三柱の天津神のこと。
伊邪那岐は、この三柱を最も貴い神だとしており、そのことから三貴子と呼ばれるようになった。
○天照大神(あまてらすおおみかみ)
……太陽の神。明治天皇裁定以来、最高神とされており、伊勢神宮をはじめとしてきわめて多くの神社に祀られている。伊邪那岐の左目から生まれた。
○月読命(つくよみのみこと)
……月の神。天照大神と対をなす神であり、反対にこちらは神話でもあまり言及がない。伊邪那岐の右目から生まれた。
○須佐之男命(すさのおのみこと)
……海原の神。伊邪那岐の鼻から生まれた。英雄として描かれることが多い一方で、和歌を詠むなど文化的側面も持ち合わせる。
▼大国主(おおくにぬし)
大国主は代表的な国津神である。
きわめて多くの別名をもっていることが特徴である。
「大物主神(おおものぬし)」、「大名持神(おおなもち)」、「大穴牟遅神(おおあなもち)」、「葦原色許男神(あしはらしこを)」、「宇都志国玉神(うつしくにたま)」、「所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)」、「幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)」といったところが有名だ。
これは、もともと別々の神であったものを、伝承されるなかで統合したためだといわれる。そのため、全国的に非常にたくさんの神社で祀られてもいる。
民間伝承はコミュニティの数だけ存在するが、まったく異なる地域の伝承であっても同じような神が登場することも多い。
これは、旅人などによってぼんやりと伝えられたものがそれぞれ発展した場合もあれば、一切無関係でありながら、人間の想像力に共通項があるゆえに偶発的に類似のものが生じたというケースもある。
また、民間伝承は口伝えで受け継がれてきたものであることが多々あるため、その過程で異文化の神々が輸入され定着したケースも少なくない。
▼七福神
福をもたらすとして日本では室町時代末期から信仰されている七柱の神々である。全国的に祀られており、正月には七福神めぐりをする習慣のある土地も多い。
さまざまな宗教の神が入り交じっており、日本的な信仰のありかたを象徴しているともいえる。
○恵比寿(えびす)
……鯛を抱えた姿が有名。もともとは漁業の神であったが、それが転じて、商売繁盛や五穀豊穣ももたらす商売の神となった。
○大黒天(だいこくてん)
……食物を司る神。ヒンドゥー教のシヴァ神と日本神話由来の大黒主とが混合して生まれたと考えられている。
○毘沙門天(びしゃもんてん)
……ヒンドゥー教のクベーラ神が原型であり、仏教に輸入されてヴァイシュラヴァナとなったもの。
○弁財天(べんざいてん)
……七福神の紅一点。財宝を司る神。ヒンドゥー教のサラスヴァティー神が原型といわれる。
○福禄寿(ふくろくじゅ)
……幸福や長寿を具現化したものであり、道教に由来をもつ神。南極星の化身だとされる。寿老人とは同一神だとする説もある。
○寿老人(じゅろうじん)
……道教の神。南極星の化身だとされる。福禄寿とは同一神だとする説もある。
○布袋(ほてい)
……中国に実在したといわれる伝説的な仏僧。大きな袋を背負った姿で有名。
▼道祖神(どうそじん)
集落の境界や中心部などの路傍に祀られる神で、一般的に石碑や石像の形をとっている。全国的に分布しているが、島根県にだけは少ない。
長い年月を経てさまざまな信仰と融合してきており、地域によってその実態も異なるが、同じような形式で祀られている。地蔵との共通点もみられる。
▼天狗(てんぐ)
神とも妖怪ともされる伝説上の生き物。ルーツは中国にあるといわれるが、中国の天狗は文字どおり「狗」(いぬ)に近い形状をしており、日本で信仰されている天狗とは似ても似つかない姿である。
赤い顔で長い鼻をもち、翼をもっている姿が一般的に知られる。特に山間部で祀られることが多く、山の神としての性格ももつ。
▼シーサー
沖縄地方でみられる伝説の獣。魔除けの意味をもっており、高台や建物の屋根などによく飾られている。
語源は「獅子」の沖縄方言である。形状は、本土における狛犬からの影響があると考えられる。
▼ビリケン
幸運の神。とがった頭と吊り上がった目が特徴であり、大阪にあるものが有名。
▼十二天将(じゅうにてんしょう)
十二神将ともいわれるが、本来の十二神将は仏教用語であり、これは混用である。それぞれが陰陽五行説に当てはまり、陰陽師の占術などで用いられる。
○騰?(とうしゃ)……火の神
○朱雀(すざく)……火の神
○六合(りくごう)……木の神
○勾陳(こうちん)……土の神
○青龍(せいりゅう)……木の神
○貴人(きじん)……十二天将の主神
○天后(てんこう)……水の神
○太陰(たいいん)……金の神
○玄武(げんぶ)……水の神
○大裳(たいも)……土の神
○白虎(びゃっこ)……金の神
○天空(てんくう)……土の神
古来より日本では、常人ではままならぬような功績を残した偉人は、後世、神と同然にたたえられ信仰の対象となることが多い。
歴史上の人物の評価は背景とする文化によって変わってくるため、地域ごとによって信仰の対象も変わってくるが、ここでは全国的に神として崇められているおもな人々を紹介する。
○安倍晴明
……優れた陰陽師であったことから、のちの陰陽師たちが晴明にあやかろうとして各地に晴明塚を建てた。これが現在まで受け継がれていることと、もとより陰陽師という職業が神秘性を帯びたものであることから、信仰されつづけている。
○菅原道真
……天神様として多くの神社で祀られている。道真自身が優れた学者であったことから、学問の神としても信仰され、受験シーズンには受験生たちが願掛けに訪れることで有名。
○ヤマトタケル
……日本神話に登場する人間であるが、その英雄的な逸話から神同然にたたえられる。
ほかにも聖徳太子、上杉謙信、平将門などは高いカリスマ性と業績とを兼ね備えていることもあり、しばしば信仰の対象とされる。また青木昆陽や吉田松陰といった傑出していた学者も、学問の神とされやすい。
○天皇
また、冒頭で述べたとおり天皇も長年現人神として信仰されてきた歴史があり、現在でも年輩者を中心にその意識は根強く残っている。戦前は、天皇の肖像画さえ直視することが許されなかった。
神話によれば、初代天皇である神武天皇は天照大神の五代あとの直系の子孫だとされており、日本の皇室が万世一系を唱えている以上は現在の皇室も神の子孫であるということになる。歴史学上は初期の天皇たちの実在は否定されているが、考古学的に初代から記録されつづけている。
ここで紹介したのは代表的で最もポピュラーな神々のみである。「八百万の神」の言葉どおり、日本には数えきれないほどの神が存在する。すべてを網羅することは不可能に近い。
また、宗派や地域などによって、同じ神を異なる名で呼んでいたり、反対に同じ名をもちながらまったく別の神であるケースもあったりなどして、厳密に神の数を計上することも不可能である。
「八百万」というのは本来一種の比喩であるが、神が文化に依存する存在であることから、わずかな特徴の違いもすべて別の神であると考えるならば、実際にそれぐらいの数の神々がいるかもしれない。
さらに、日本語では「神」と「仏」を区別するためここでは記述しなかったが、仏教に由来する仏も神々同様信仰の対象となっている現実がある。これらも神の一種であるとして扱うならば、さらにその数はふくれあがるだろう。
このように、日本において神という存在がどのように捉えられてきたかを考えることは、古来からのわが国の文化を俯瞰することに通ずるといえよう。