真霊論-霊魂

霊魂

「霊魂」に対する概念は、あらゆる宗教において触れられている。
また、哲学や科学、民俗学の分野でも研究や議論が重ねられてきた。
地域や時代が違うにもかかわらず、人類が霊魂に対して抱いてきた共通の意識を見いだすことができるのは、非常に興味深い。
目に見えない世界のことであるため、はっきりとした正解が分からないのが実情である。各々の琴線に触れた考えを取り入れるのがよかろう。
以下に、主だった「霊魂」への思想を、時代順に挙げていく。

宗教以前

■ギリシャ神話
ギリシャ語で霊魂のことを「プネウマ」という。直訳すると「息、呼吸、風」の意である。
神話の中で、死を司る神タナトスと、眠りの神ヒュプノスは双子であった。また「睡眠は小さな死」であり、夢の中で死後の世界に出会う、と考えられていたようだ。
死後の世界について言及されている物語も(冥界を支配するハデスに亡妻を復活させてくれと頼むが、失敗する話)ある。
ただし、霊魂そのものに関する記述は少ない。死人も生きた人間と同じような感覚で取り扱われている。
このことから、死して魂や消滅するというイメージはなかったことが推測される。魂の永遠不滅説が近い。
また神は大別すると2つに分かれ、「愛」など人の概念を具現化したものと、「水」や「火」など自然の象徴から生まれたものとがあった。
どちらも内にある魂、霊魂を前提に形成された。そして全ての神は人間と同じ感情や感覚を持つ存在としてストーリーが生まれた。
すなわち、ギリシャ神話において、神とは自然に宿っている精霊と、生きた、若しくは死した人間の魂が混ざったものだと思われる。

■古代エジプト
古代エジプトでは、身体は5つの部分から構成されていると考えられていた。そのうち「バー」と「カー」と呼ばれている2つが霊魂である。
基本的な考えはこうである。
「魂は肉体が死してもなお永遠に不滅な存在であり、ミイラにされた遺体にはバーもカーもずっと留まる。バーは、昼間は空間を自由に飛び回ることができるが夜になれば元の体に戻ってくる。
そして一定期間がたつと、死と再生の神オシリスの力により死者が復活する。
ただし、遺体を保存してないと、魂は行き場を失ってさまよい、本当の死を迎える。」
また、自然物すべてに魂があるとする精霊信仰もあり、精霊のパワーを活用して病気を治す、などの呪術も多数あったと言われる。

■古代インド
古代インドでも霊魂は永遠不滅なものとされ、輪廻転生が信じられていた。
これはバラモン教からヒンドゥー教に至る思想がベースとなっている。以下はその簡略。
「霊魂はカルマ(業)の因果応報に応じて、地上に生まれ生を全うしたのち天上へ戻る。そして果たされなかったカルマを再び達成するべく地上へ赴く、の繰り返しをする。
善行を積み、全てのカルマを浄化すると、永遠の安息である解脱の境地に達し、最高天へ行ける。」
日本では仏教の概念と混同されているが、この2つは相いれないものである(仏教の項も参照)。

■中国、その他の少数民族
中国には主に2つの霊魂への考えがあった。
まず、道教では、魂は二元論で展開される。
人の心には「神」と「鬼」の2つの魂がある。「神」は天からいただいた精霊の一部、「鬼」は現世利益に心を乱すものだ。
死後は「神」は天国に行き「鬼」は地へと返る。人間には陰陽の両方が内包されている、という考えだ。
また、漢民族を始めとする中国の多種の民族が持っていた思想はこうである。
人は12個の霊魂を持っている(民族によってこの数は異なる)。全てが肉体などのあるべきところに留まっていれば健康だが、離れてしまうと精神や身体に異常をきたす、という考えだ。
このような発想を持つ民族は世界各国にあり、南北アメリカ(アラスカ、インディアン、マヤ文明など)、シベリア、タイおよび東南アジア諸国にもみられる
基本的に霊魂は身体から離れずにあるものだが、一部は睡眠中、自由に飛び回っている、という説もある。この思想はアフリカ部族の一部にも存在する。

■ギリシャ哲学
ギリシャ哲学は、神話と同様、霊魂の永遠不滅説で成り立っている。
ピタゴラスは「霊魂は輪廻する」と唱えていた。
「地上での所業によって、来世は虫けらにもなり、神の御子にもなれるのだ」という考えを提示し、倫理を持って生きる大切さを教示していた。
プラトンは「霊魂は生まれる前からあり、肉体を与えられてこの世に降りる。生を全うした後、再び実体のない霊魂の実の存在となり生き続ける。ときが来ればまた肉体を与えられて現世へ送られる」と説いた。
これらは、死への恐怖を取り除く知恵だったとも考えられる。

宗教

■仏教
仏教では、基本的に霊魂の存在は認めていない。
霊魂や死後の世界については「観念上の遊び」とし、肯定も否定もしない。分かりもしないことを考えて時間を費やすのはよくないとした。
よく古代インドのバラモン教およびヒンドゥー教と混同されるが、輪廻転生もないと主張している。
仏教ではこの世は無常、すなわち永遠にとどまるものはないとした。そして煩悩から解放されよう、自我を捨てた無我の境地を内心に持ち、悟りを開くべきだと説いた。
なお、日本仏教は神道や土着信仰と混ざっており、霊魂について輪廻と絡めて言及するものも少なくない。

■キリスト教
キリスト教では、人は「肉体・精神・霊魂」の三つの要素から出来ているとした。三位一体とともに説かれる。
このうち霊魂は神からの贈り物で、人の本能を司っていて、身体が滅びても永遠に生きるとした。また死後は、霊魂は天国、すなわち神の元へ召される、だから死は悲しい出来事でなく本来あるべきところへ戻れる幸福なことだ、ともいった。
また、輪廻とは違うがキリスト復活の伝説をもとに、魂の復活についても言及している。
各々の精神を現世で磨き、成長することで来世での魂の復活がよいものになると教えた。高い人格の形成を求め、社会生活を規律よく過ごすように促していた。
これらの思想は死への恐怖心を取り除くとともに、当時の原初的な社会を向上させ、秩序を保って生活できるよう規範としての役目も果たしていた。

■イスラム教
イスラム教の教示では、霊魂について触れている部分はないが、死においての説明から、魂の永遠不滅説を信じていると推測される。
人が死ぬ時、霊魂は神によって肉体から引き抜かれ、審判が下される。現世でよい行いを積んだ者は、天使の手によりアラーの神の元へ召され幸福を約束される。しかし悪行を重ねたものは地獄に落とされ、苦行を強いられる、というものだ。
一つの肉体にひとつの霊魂があてがわれ、輪廻転生については全く語られていない。
また、睡眠も一種の死であり、寝ている時、霊魂は神のところへ行っていると考えられている。

■神道
日本古来より信仰されている神道では、精霊信仰と祖霊信仰がある。
人にも石、巨木や川、海など自然にもそれぞれ、同じように霊魂が宿されている。これには善霊と悪霊があるとされていた。妖怪などもこれらの概念から生まれたものだ。
雨乞いや日照、五穀豊穣を願うべく神社では精霊への祈祷や感謝の祭りが行われた。
また、血縁の者が亡くなると、その霊魂は山から天へ昇って自分たちを見守り続けてくれると信じられていた。そのため、先祖に対する感謝の意を表すべく神社に集い、祖霊を神として祭り祝詞や礼拝を捧げた。

科学・現代のスピリチュアル

■心理学・科学
心理学では当初、「心の実体をつかむ」という目的で研究が重ねられた。
これを霊魂心理学といって、現代の行動や経験に元づいた心理学とは区別されている。
またアメリカのアリゾナ大学やバージニア大学では霊魂の存在を仮定し、人が死んだとき、又は幽体離脱状態にあるときは体重が軽くなるのではと見立てて研究をくり返しているそうだ。実際に数グラムの減少がみられたという報告もある。

■スピリチュアル
上記に紹介した、霊魂における哲学をいくつか混ぜて信義としている霊能者が跋扈している。
良質な人は、どれを信じているにせよ芯が通っているため混ぜるというようなことはない。中には、不当に高額謝礼を請求する者もあるから気をつけてほしい。

霊魂-解説②

霊魂(霊)とは単に死んだ人の魂の事だけを言うのではなく、生きている人の魂の事も霊魂と言う。
肉体ではない、人の精神部分にあたり五感的感覚による認識を超えた永遠不滅の存在を指す。
宗派により細かな考え方は違うが、肉体以外の意識部分である事と、肉体が滅びて(死んで)しまった後でも霊魂は生き続けるという考えはどの宗派も一致している。
日本における主な宗派にある仏教と神道においても自分の肉体以外の意識においては霊魂と呼ぶ。
また精神世界論ではなく医学的分野ではこの霊魂の部分を(脳)と言う。
全ての人間の思想は脳の働きのみにあるとされ、脳が死んでしまう、つまり肉体が死んでしまった場合は全ての思想は”無”になると言われている。

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