霊格とは、霊体(魂)が持つ性格や気質のことで、精神的な成長の度合いを示す指標となる。
霊界にいる魂はもとより、現世で生きている人間にも霊格は存在する。基本的には、その人の性格や器質、立ち居振る舞いと一致しており、一般的には「人徳」とか「人格」と言われる部分にあたる。
霊格はおおよそ6段階に分かれている。その名称は信仰などによって違いがあるので、ここではそれぞれの霊格の性質の説明のみを記す。
レベル1:物質的な欲望、本能、また我欲が大変に強い愚かな状態。物事の真理や大局をほぼ見ることが出来ず、目先の物質欲にただ振り回される。周囲にも悪影響を与える。
レベル2:物質欲は抑えられるが自己中心的な性質を持ち、他者の気持ちを配慮することが出来ない。非常に感情的で、周囲を犠牲にしても自分が良い思いをしたい、という発想に支配されている。
レベル3:理性はあるものの、自分の実力を冷静に捉える事が出来ない。また、出来もしないことを「出来る」と勘違いして周囲に迷惑を掛けてしまう。
物質だけでなく思想や信仰を重んじることも大切と考えるが、「わが信念こそが最上」という思い込みが強い。他の人の考え方や信仰を尊重したり、聞きいれたりすることは出来ない。
レベル4:自分の本当の姿、実力がおぼろげながら理解できている状態。自己を卑下したり過大評価したりすることなく、現状を冷静に見つめることが重要だと感じている状態。思い込みや凝り固まった発想が抜け始め、俯瞰で物事をとらえ、判断しようとする。
レベル5:自己の本分、本質を知り始める。そして、本来の性質を生かして沿って人生を歩み始めている。
レベル6:自己の本分、本質を生かして人生を謳歌する。そして、より品格の高い人、物、霊たちとの繋がりを感じ大切にする。
周囲に対しても配慮を怠らず、周りの幸せを自分の幸せと感じる豊かな心が育まれている。
人間の性格は、その人の霊体が内包する霊格によって左右される。そして人生の節目における選択や、大きく言えば運命にも関わりを持つ。以下にそれぞれの霊格の特徴を挙げる。
【レベル1(物質、我欲、畜生の段階)の性質】
3大欲求(睡眠欲、食欲、性欲)に支配された本能的な行動が多い。また我欲を満たすことばかり考えている。欲しいものは何としても手に入れようとし、周囲への迷惑などは考えられない。従って、思いやりや感謝などの感情も本質的に理解できないため、極端に触れると強盗、殺人などの罪をも犯しかねない。配偶者や子へのDV(家庭内暴力)、性的虐待などに走る人もいる。その他、物質至上主義、拝金主義者などにも多く見受けられる。
このような人生を送ったものは、死後の魂レベルもここに留まってしまうので成仏せずに憑依霊、自縛霊などの悪霊になりがちである。 また、事故や不慮の死などで人生を終えてしまった場合、「死」という現実を受け入れられず現世に未練や強い執念を残しやすい。このときも同様に成仏せず、霊格は下がる。
【レベル2(感情、理性)の段階 】
理性が芽生えており、本能的な欲求に対して的確に対処が出来る段階。周囲へも気配りや思いやりを持って接する。ただ、感情は未熟なため、悲しみ、怒り、憎悪、人への愛欲・執着などに際する劇的な思いが生まれたときは抑制を失い、他人に迷惑を掛けてしまう。
レベル2の中でも下層に位置する人は特にわがままで、自分の思い通りにいかないと周囲のせいにして攻撃的になったり、権力を振りかざしたり、嘘や自己正当化、自己弁護を重ねたりして信頼を失いがちだ。
また、子育ての際は子ども自分の思い通りの人間にしようとし、ペットや玩具のように扱い、自分の好みを押し付け同調させる。
この子どもが親になると、自分の子どもにも同じことをしてしまう。
【レベル3(信念、情け)の段階】
普段は高い理性を保ち、感情的になることは少ない。人間らしい社会的な生活を大切にし、身内や周囲へ感謝の気持ちを持って接することができ、人間関係も基本的には良好。ただ、自分を過信、もしくは卑下するなど冷静に己を見つめることはうまく出来ない。そのせいで他人を振り回してしまうこともある。自分の子どもに対しても、よかれと思ってしていること、例えば習い事などが本人にとっては苦痛であるなど、見当違いの判断をしてしまいがちで、俯瞰で物事を判断するというような真の知性は欠けているという段階である。愛情は持っているもののかたくなな状態で、無償の愛と言うよりはやや我欲が強いのが特徴だ。
しかし、本人はそのことに気が付いていないため、それを指摘すると感情が爆発してしまうことが多い。同様に、自分の信仰する宗教、所属団体、あるいは家族、会社などへの批判を耳にすると途端に攻撃的になり、陰湿ないじめ行為に走るものもいる。
【レベル4(知性、慈悲、情け)の段階】
利己的な考え方や我欲、憎しみ、激情、色欲などをコントロールできる理性を持つ。真の知性とは何かも、若干つかみ始めており、ゆえに謙虚である。愛情も深く、無償の愛を与えるためには周囲に何が必要を判断しようと冷静さを保つ努力を始めているが、まだ正確にとらえるには至っていない。精神的に壁にぶつかることも多く、その度に落ち込んだりネガティブな感情に支配されてしまったりしまう。
平たく言うと霊的にまだ頭でっかちで、気付きは得ているものの、それに基づいた実践がうまくいっていない状態。メンター(精神的指導者)や自問自答の繰り変えしを必要とする段階である。
【レベル5(献身、愛情、悟り)の段階】
社会的生活を送るのに申し分ない理性を内包し、愛情、慈悲深さなど品格の高い感情で行動する。物質欲に満ちた愚かしい行動をするレベル1のような霊格の人間にも穏やかに接する器の深さと、自分自身はむやみな欲望を持たずにいられる冷静さも併せ持つ。他者へ尽力することを何よりの幸福と考える。あるがままの状態を尊び、たとえ自分が損をしても決して他人を貶めない。ある程度の宗教的修行を経験した人、または過酷な環境で精神的修養を積んだ人に見られる霊性である。
霊格がレベル5の段階では、おごり高ぶるような人間はおらず、非常に謙虚である。それは神の霊性や宇宙の摂理について理解を示し、自分自身もそこへ近づくべく自己研鑽を行っているためだ。その過程すら楽しみ、喜びを持って内性と向き合う。
【レベル6(大悟、直感、神性)の段階】
たぐい稀なる理性と知性を持ち、慈悲深く、欲望や煩悩にとらわれることなく生きている段階。
いわゆる「悟りを得た」と言われる状態である。自分と他者の区別をつけず全ての人間へ平等に愛情を持って接し、性別や民族、宗派などへのこだわりを持たない。日常の小さな気付きを大切にし、太古から脈々と受け継がれている自然の法則、宇宙の摂理などへ深い造詣を示す。
真の知性を持ち、己の本当の姿、および世界の本質を理解している。そして自分のことをあたかも他人のごとく客観的に見ることが出来る。また、逆に他人の言動や思想を、自分がその人になったかのように受け取ることも可能だ。
また、このさらに上に2段階の霊格が存在すると考えられているが、生きている人でレベル7、8に到達しているものはほとんどいない。(イエス=キリストでレベル7程度と考えられる)
レベル7は、キリスト教だと「天使」と呼ばれる神の使徒の精霊たち、レベル8は神に値する。ここにいる霊体は、元から肉体を持たない自然霊であったか、かつて肉体を持った霊体が修養を積んで霊格を上げ、そこまでに至ったというパターンがある。
その他、本質的には霊格が高くとも、周りから見るとそのように感じられないという人もいる。これは、その人の持つカルマ(業)によって性格・気質が作られてしまっている為だ。
本来の霊格を現すには、そのカルマを根気よく解消していくことが 求められる。
霊格は、生まれたときから固定されているようなものではなくその人自身の精神的成長、または退化によって日々変わる。時間やその日のコンディション、その他周辺環境などによって揺れ動くのが普通だ。
以下によく見られがちな霊格の変化を挙げる。
1 変化が大きい人
最も多くみられるもの。大抵の人の霊体はレベル2-レベル5の間を日々推移している。このタイプの人は、霊性について正しい知識を学ぶことで霊格が高まりやすい。
2 低目に位置している
レベル2-3程度で安定している。このタイプは真理や宇宙の摂理などを理解することが困難である。人の話を素直に受け入れることの出来ない頑固さが災いするためだ。まずは周囲の人の言動に文句をつけずに行動することが求められるだろう。
3 高めの位置で落ち着いている
常にレベル5-6で安定している人。我欲や個人的心情、偏った知識、また過去の経験を振りかざす強情、傲慢さなどがない、理想的な状態である。このタイプの人は欲望や本能を状況に応じてコントロールし、言動は多角的な視点から考えて実践することが出来る。穏やかで冷静、周りの信頼も厚い。
ここに位置する人は、霊格の低い人に対しても分け隔てせずに接し、自分の持つ強いエネルギーを与えることで、あらゆる人々の霊格を挙げるための助けとなることが必要とされる。これは古来より育まれてきた自然の摂理である。
霊格は変化しているが、基準値となる部分を判定するための方法を以下に記す。
・その人自身が、守護霊や守護神に近づくための自己研鑽の度合い
自己研鑽は霊格を見極める際において、最も重要とされる部分である。精神的により高みに到達しようと自ら学びと修養を重ねている人は自然とレベルが上がるのは当然といえよう。
もっといえば、成長することを楽しみながら、自己研鑽を行っている人ほど、霊格は高くなりやすい。
・霊的真理に基づいた言葉や行動、物事の選択
法律や慣習などではなく、太古より存在する霊的真理に基づいて物事を判断できているかどうかも大切である。目先の欲や世間体での行動はもってのほかであり、その人の内面の本質的な部分で、霊的真理や知性を理解しているが問題となる。
・人生へ対しての真摯さ
その場しのぎの安直な生き方ではなく、その人が己の本来の姿をよく見極め理解し、それに沿った生き方をしようと人生の選択をしているものは霊格が高くなる。逆に、本当の自分を知らずにいる、もしくは誤魔化しているというような場合は霊格が落ちる。
ちなみに霊格は、レベルを上げるのは大変だが落ちるのはあっという間である。格が高くなるほど伴われる課題も上がるうえ、過去の課題は出来て当たり前、となるためである。
霊格をより高いレベルに持っていくことは、人生の可能性を大きく広げてくれる。以下にその条件を示す。
・多角的な視野で物事を判断する
偏りのない、あらゆる可能性を加味した見方を自分の中に持つことは重要だ。自分の考えのみならず、他人の視点、あるいは神の視点から見つめ、そしてそれらを全て自分のものにすることが求められる。霊的真理では「自分に関係ないものはこの世に存在しない」ので、何事も他人事としてとらえない慈悲を磨き上げたい。
またどんな些細なことであっても、それが霊的真理に基づくものかどうかを真摯に考えなくてはならない。「細部に神は宿る」というが、小さい言動から積み重ねていくことで、大局的な判断が必要な場面でも動じなくなる。
・ 変化を恐れない
この世は無常であり、全ては日々変化している。頑固さは魂を曇らせ、結果的に愚かしい位置に留めてしまうのだ。生活の全てにおいてこだわりを捨て、あるがままを受け止める度量を育むべきである。人は臆病な生き物なので、変化を好まずに現状維持してしまうという性質を持つが、内性を磨き変わっていくことを尊びたいものである。
・守護されているものへの感謝を持つ
人は、現世的にはもちろんだが、霊的にみても1人で生きているわけではない。ごく身近には守護霊や指導霊、先祖霊やその土地の精霊、さらにその上に位置するグループソウルの指導霊、そして最高霊である神々など、実に多くの精霊たちの守護を受けている。まず、そのことに対する感謝の気持ちを日頃から心に念じよう。そして、守護の御礼として、自分自身の霊性を磨いて成長させ、彼らの自慢の存在となるように心がることで、更なる霊格の向上につながる。