ホメオパシーとは、ヨーロッパ発祥の自然療法のひとつである。「体の自然治癒力を引き出す」という思想に基づいており、「西洋の漢方」とも称される。日本語では、対症療法に対して、「同種療法」、「同毒療法」、「同病療法」などといった表現もされる。
ただし、これは科学的、医学的に証明されたものではない。疑似科学の一種だと捉えるのが妥当であろう。
かつては新しい医学として期待されたこともあったが、近年では、おもにこの思想が孕むネガティブな側面に焦点が当てられて報じられるケースが目立っている。
ホメオパシーの源流は5000年以上まえのエジプトや中国などで見られた。日本においても同様の民間療法がなされていたとの指摘もある。まだ医療が確立されるまえのことであり、この時点では一定の効果はあったのであろう。
しかし、医療の発展とともに歴史の表舞台から消え去っていった。
現在のホメオパシーの創始者は、ドイツの医師医療ライターであったザームエル・クリスティアン・フリードリヒ・ハーネマンである。
この考えに思いいたったのは、マラリアの治療薬(マキーネ)を飲んでみたところ、ほとんどマラリアと同じような症状が現れたという実験結果からであった。
これをもとに、1810年に発表した著書『オルガノン』でハーネマンは次のように述べている。
「類似したものは類似したものを治す」
すなわち、ある物質Aを投与した際に引き起こされる症状Bを治すためには、その物質Aそのものが有効な薬になるという論理だ。
現代医療が、病気の根源となるものを退治し駆逐する逆療法で治療をめざしていることとは対照的である。
ホメオパシーという語は、この原理からそのままとられている。「ホモイオス」(?μοιο?)とは「同じ」を意味するギリシア語であり、また、「パソス」(π?θο?)は「苦しむ」を意味するギリシア語である。これを合成したのが「ホメオパシー」だった。
もっとも、まったく同じ物質Aをそのまま用いたのでは当然ながら毒である。そこで、それを水によって希釈して砂糖にしみこませた物質A’を、いわゆるレメディーとして用いるのである。
ホメオパシーの理屈では、この物質A’は希釈度が高ければ高いほど大きな効果をもつとされている。通常の科学とは正反対であり非常識的であるが、ホメオパシー信奉者たちはこれを頑なに「自然な治療法」であると信じているようである。
なお、ホメオパシーでは「自然治癒力」という言葉が好んで使われるが、本来の免疫学における用語とはまったく異なる用法であることに注意されたい。
なお、科学的に証明されていない多くの事象がそうであるように、ホメオパシーにも流派がある。
ひとつは「クラシカル」と呼ばれる流派だ。こちらは、提唱者であるハーネマンの理論に忠実に従ったものである。ここでは、症状にふさわしい一種類のレメディーを処方する。
一方、もうひとつ「プラクティカル」と呼ばれる流派もある。こちらでは、複数種のレメディーを複合的に処方することが推奨されている。これは、ハーネマンの理論を見直しより高等なホメオパシーの理論を導き出そうという動きが1970年代に起こったためであった。
ちなみにハーネマン自身は、『オルガノン』において、
「治療の際、一度に二つ以上の、二種類以上のレメディを患者に使用することはけっして必要のないことであり、それゆえそうするだけでもすでに許しがたいことである」
と記している。
▼ドイツ
ホメオパシー発祥の国らしく、一時期は、新しい医学だと期待されていたこともあった。とくにナチス政権時には非常に優遇されていたといい、1937年には第一回国際ホメオパシー学会も開かれている。これには、ハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官やルドルフ・ヘス副総統といったナチスの幹部も出席するほどの注目度だった。
だが、ユダヤ人強制収容所での各種人体実験において、ホメオパシーはまったく効果を発揮することができず、研究を重ねてもプラセボ効果しか見出せなかった。これによって、ドイツ国内でのホメオパシーへの関心は下がっていった。
現在、ホメオパシーを用いた治療には公的な健康保険がきかない。
▼アメリカ
ホメオパシーの有効性は一貫して疑問視されている。レメディーについても、健康食品と同じ扱いとなっており、個人の自由に任されている。
訴訟の国であるアメリカにおいては、高すぎるリスクをとろうとする者は少ないということであろう。
▼イギリス
一方イギリスでは、チャールズ皇太子がホメオパシーに執心していることもあり、非常に認知度が高くなっている。レメディーもドラッグストアなどでかなり容易に購入することができるようだ。
ただし、イギリスでもホメオパシーが非科学的であることはもちろん認識されている。
この国においてホメオパシーが高い関心をもたれているのは、なにもホメオパシーだけが特別視されているというわけではなく、東洋医学や薬草医療など、現代西洋医療以外の分野も積極的に取り込もうという柔軟な意志があるためだという。
▼インド
こちらでは、先進国とはかなり事情が異なる。
インドでは貧困層が多く、満足な医療を受けられない国民も少なくないのである。そこで、お金のかからないホメオパシーが医療の一端を担うことになっている。ホメオパシーには、インドの伝統医学アーユルヴェーダとの共通項が多いことも無関係ではないだろう。
現代医学と同じように、ホメオパシーにも国家資格が定められていることを特筆しておきたい。
非科学的とはいえ、科学的な医療のない状況ではホメオパシーが幅をきかせることもやむを得ないといえるかもしれない。
▼日本
日本では、明治期にドイツからの輸入こそあったが、定着にはいたらなかった(なお、当時は「ホメオパチー」といわれた)。
ホメオパシーが日本で注目を浴びるようになったのは、かなり近年になってからのことである。
渡辺満里奈やUA、ともさかりえ、サンプラザ中野といった有名人たちがこぞってメディアや著作などで紹介するようになったことで、一般層への認知が広まったとみられる。これは近年のオーガニック指向などに代表される自然主義と関係しているといえよう(事実彼らのほとんどはオーガニック指向が強い)。
もとより、八百万の神が住まい、信仰や呪術が盛んで、占い好きで、スピリチュアルブームなども巻き起こるお国柄である。こうした非科学的な事象がもてはやされる土壌は充分にあったと考えられる。
ただし、2009年に後述する山口県の事件が発生したことで、最近ではその危険性のほうにこそ注目が集まりつつある。
充分に浸透するまえに危険性が着目されたことで、爆発的なブームにはならなそうである。
200年以上の歴史があり、今なお信奉者を増やし続けているホメオパシーだが、前述のとおり科学的な根拠はまったく示されていないのが実情である。
ケースによっては一定の効果がもたらされるが、プラセボ効果の域を出るものではない。これは数々の臨床試験によって証明されてきた。
現在まで、学術誌においても繰り返しホメオパシーを否定する論文が発表されている。また、カイロプラクティックを否定したことで知られるジャーナリストのサイモン・シンも、専門家とともに調査を繰り返し、ホメオパシーの代替医療性を完全に否定している。
日本においても、2010年8月、日本学術会議が公式に「荒唐無稽」だと発表し、全面的に効果を否定している。
それでもホメオパシーを強硬に信じ続ける人々が減らないことは、やはり食品における極端なオーガニック指向に通ずるところがあるかもしれない。
ここにおける問題は、はじめから彼らが「科学的なものとは違う力」であることを踏まえたうえで有効性を主張している点である。前提からして科学を否定しているため、科学的根拠がないというしごく真っ当な反論が、彼らにとってはなんの有効性ももたないのである。ここにいたっては議論は水掛け論にならざるを得ず、ほとんど宗教に近いものだといってよいかもしれない。
適切な医療行為を施していれば助かったはずのケースにおいて、医療従事者がホメオパシーを用いたためにより重大な事態を招いてしまう事件も起きている。
2009年10月に山口県山口市で起きた、いわゆる「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」は、日本においてホメオパシーの問題点を強く社会に訴えかけた事件であった。
これは、ビタミンKの欠乏症状を起こしていた生後2か月の新生児に対し、ホメオパシーを信奉する助産婦がレメディーとして砂糖を与えたことによって引き起こされた悲劇であった。
なお、母子手帳には「ビタミンK投与」と虚偽の記載をしていた。助産婦の独断であったことがわかる。
ビタミンKが不足すると、人間は頭蓋内出血をきたす。適切にビタミンKを投与してやらなければ、重度の障害を抱えたり、最悪では死にいたらしめる場合もある。このケースでは、まさしくその最悪の事態が引き起こされたのだった
ここで重要なのは、これは特殊な症状でも難病でもなんでもないという点である。
通常、とくに問題がなくとも新生児はビタミンKの欠乏傾向にあるのである。よって、対処法もしっかりと整備されている。ビタミンK2シロップを投与するというのは、厚生労働省も強く指導していることである。
すなわち、「通常の」医療行為さえ施していれば、最悪の事態を免れることは可能だったのだ。
にもかかわらず、助産婦が独断でホメオパシーを用いたために、この件の新生児は死にいたってしまった。もはやこれは医療ミスですらない。いわばこれはホメオパシーによる殺人であった。
しかしながら、これほどの事件が起きたにもかかわらず、依然としてホメオパシーを信奉する者たちは多く存在している。
今なおホメオパシーを宣伝し続けているタレントや有名人たちの責任は、厳しく追及されて然るべきだろう。
疑似科学やインチキ科学、オカルトといったものは世界に多く存在している。たとえ科学的な根拠に乏しくとも、それによって癒され幸福を得られる者があるのであれば、宗教と同様、他人が口出しをすることではない。
だがしかし、ホメオパシーの場合は医療行為として実践されるのがほかの疑似科学とは一線を画すところである。たとえば「波動」や「水からの伝言」を信じたところで実害はほとんどないが、他人の命をあずかる医療従事者がホメオパシーを用いた場合は、人が死ぬ場合すらあるのである。
たしかにホメオパシーにもメリットはあるだろう。だが、死というリスクがある以上、デメリットのほうがはるかに大きいといわざるをえない。
自然の力があるならばそれを活用しようというのはよいことである。しかし、知性と科学の発展によって手にした科学に頼ることも、けっして不自然なことではないのではないだろうか。