火の玉とは、空中を浮遊する発光体全般の総称である。「ウィルオウィスプ」、「鬼火」、「狐火」など、火の玉にもその文化的背景によって多くのバリエーションが存在し、厳密にはそれぞれ区別される。
いわゆる人魂も、そうした火の玉のなかのひとつである。
人魂は、人間が死んだ直後や、死ぬ直前に体から出る火の玉のことだといわれている。古くは『万葉集』にも人魂に関する記述がある。
また、生きている人間の肉体から一度人魂が抜け出すことで意識を失うも、人魂が肉体へと再び帰ってくることで正気に戻るという報告も多い。このイメージは幽体離脱の漫画的描写でお馴染みだろう。
このケースでは、人魂は霊魂そのものとして捉えられていることになる。よって、意識や記憶も人魂のなかに宿っていると考えられる場合が多い。
形態としては、尾を引きながら、それほど高くない場所を這うように飛ぶのが特徴である。ただし、古代より日本全国で報告されているにもかかわらず、共通しているのは発光しているという部分ぐらいのものであり、実際には地域差がきわめて大きい。色も赤かったり青かったりオレンジ色だったりと一定せず、尾の長さもまちまちだ。
以上のように、「人魂」という言葉の定義はきわめて曖昧なものだといえる。
日常的には、「火の玉」も「人魂」も「鬼火」も用語としてほとんど区別されて使われないのは、このためだろう。
人魂以外の火の玉についても定義には大幅にぶれがある。そのため、それぞれが厳密には異なっているとはいえ、それぞれが重複している部分も少なくなく、厳密な分類をすることは非常に困難を極める。
よってここでは、人魂以外の火の玉についても紹介しておきたい。
▼鬼火
鬼火は、死者の思念や怨念が火の姿を借りて出現するものだとされている。ただし、あくまでもこれは厳密な定義であり、文献によっては人魂と区別されない場合もある。
火の色は、一般的には青といわれる。特徴的なのは、まるで生き物のように動くことである。ほかの火の玉も動きはするが、鬼火の場合は歴然と、意志をもっているかのように動くことが異なる。たとえば、ひとつの鬼火が無数の鬼火へと分裂したり、反対に集合して大きな鬼火になることもある。こうした動きから、妖怪の一種として扱われることも多い。
鬼火は出没する時期や場所もおおよそ限定されている。春から夏にかけて、水辺や湿地帯などに現れることが多い。雨の日だとなお確率は高くなる。こうした、シチュエーションに特色があることも、妖怪だとされる一因と考えられる。
また、触れても熱さを感じないのも、鬼火の特徴である。
▼天火
天火も日本各地に伝わる火の玉現象のひとつである。夜間にこれが現れると、まるで昼間であるかのように周囲が明るくなることからこう呼ばれている。
なお、佐賀県では、天火と遭遇してしまうと家が火事になったり、その家族から病人が出たりするとされ、きわめて縁起の悪いものである。江戸時代にまとめられた奇談集『絵本百物語』や松浦静山の『甲子夜話』などにもこれに関する記述を確認できる。
▼不知火
不知火は九州地方に伝わる火の玉である。風の弱い新月の晩に、海上に数百から数千もの火が並ぶ。こちらも古くからあるもので、『日本書紀』や『肥前国風土記』といった文献に記述がある。
しかしながら、近年は電灯の光などによって夜が明るくなっていることや、海水汚染がすすんでいることなどにより、不知火を見られる機会は少なくなっているようだ。
▼提灯火
こちらは四国地方の火の玉だ。無数の火が横に並ぶ様子がまるで提灯のようだということから命名された。畦道などに現れるが、人が近づくと消えてしまう。
この特徴をもつ火の玉のバリエーションも多い。奈良県の一部や滋賀県では、同様のものを「小右衛門火」と呼んでいる。徳島県では「狸火」というものも存在する。
▼じゃんじゃん火
奈良県に伝わる火の玉で、「じゃんじゃん」と音を立てるのが特徴。音を発する火の玉もやはり、他の地方でも多く確認されており、高知県では「けち火」、宮崎県では「むさ火」などと呼ばれている。天理市など、「ほいほい火」と呼ぶ地域もある。
▼狐火
狐火は思念が火の形をともなって現れたものである。このため、鬼火のひとつだと解釈される場合が多い。ただし、大きく異なるのは、その名のとおり狐と密接にかかわっている点である。
現在でも日本各地に稲荷を祀る神社が存在するように、狐の霊を特別視する文化は古くからある。狐には特別な力があると信じられているのだ。
狐火は、狐の吐息が光っているのだとされたり、狐火玉という部分が光っているのだとされたりもする。これに遭遇すると、人々は行く先をまどわされてしまうという。狐が人間を化かすパターンのひとつだとみることもできよう。
▼ウィルオウィスプ
ウィルオウィスプは日本発祥のものではなく、欧米を中心に海外で伝承される火の玉である。イグニス・ファトゥスともいわれる。
世界各地の文化にウィルオウィスプは存在するが、共通した特徴は、青白い光を放つ点である。海外のホラー映画に登場する火の玉は、日本の怪談などと違ってほとんど青い色をしているはずだが、それはこのためだ。
ウィルオウィスプは墓地や湖などに現れ、遭遇した人間を道に迷わせたり、底なしの地獄へ引きずり込んだりなどする。
火の玉が人間にとってよい存在でないことは、海外でも同様なのである。
その正体は一般的に、生前に罪を犯した者の霊が浮遊霊となっているものであるとされたり、洗礼を受けぬまま死んだ子供の魂だとされたり、日本でいう地縛霊などであるとされる。
現在のところ、火の玉のメカニズムは完全に科学的に解明されているわけではない。しかしながら、火の玉の歴史が古いものである分、それに対する研究も長期間おこなわれてきている。そのなかで、いくつかの有力な仮説は出てきている。
ポピュラーな説としては、火の玉は、「死んだ人体から抜け出したリンが雨や水分と反応することで光を放つもの」だと説明されることが多い。
これは、かつての日本においては土葬が一般的だったために発生する現象であるとされる。ただし実際には、ここで説明されるようなリン特有の発光現象は、人間や動物の骨に含まれる種類のリンでは起こらないため、否定されている。
最も現実的な解説としては、流れ星や蛍の光、あるいは発光性のコケ類を付着させた動物などを誤認したものだという説だろう。また、明治大学の山名正夫教授(当時)は1976年に、メタンガスを用いることによって人工的に人魂を作ってみせている。いわゆる「セントエルモの火」の一種だと説明する学者もいる。
このように、火の玉は複合的な事由によって発生するものだと考えることが妥当である。