真霊論-よい睡眠のために(5)~夢のコントロールのすすめ

よい睡眠のために(5)~夢のコントロールのすすめ

よい暮らしはよい睡眠とともにある。
数回にわたって、スピリチュアルの観点から睡眠をよりよいものにするためのアドバイスをしてきているが、前回からは、睡眠と切っても切り離せない「夢」にフォーカスをあてている。
・よい睡眠のために(1) ~睡眠を見直してよい暮らしを
・よい睡眠のために(2) ~睡眠時間をより価値あるものに
・よい睡眠のために(3) ~自己暗示からつくる豊かな人生
・よい睡眠のために(4) ~夢のクオリティも向上させよう
前回の記事では、夢を自分の意志でコントロールすることによって現実も変わる可能性があることを示した。今回はそれにひきつづいて、夢をコントロールするための具体的な方法について解説していきたい。
見たい夢とはどのような夢だろうか
ためしに「見たい夢を見る」というキーワードでインターネット検索をしてみてほしい。すると、多くの情報がヒットするはずだ。方法を細かく解説しているウェブサイトもあれば、見たい夢を見たくてたまらないのだと主張するだけのものもあるだろう。
自分で夢をコントロールしたいという欲望はポピュラーなものに見える。
しかしながら、そうして発見したウェブサイトにおける「見たい夢」とは、「現実では叶わないのだから、せめて夢ぐらいでは叶えたい」という意図のものが大半である。
たとえば、宝くじが当たって大金持ちになるとか、好きな芸能人と恋人になるとか、そうした現実的な欲望に忠実な夢ばかりである。
こうした動機は一見ポジティブなようにも思えるが、実際にはきわめてネガティブだ。あきらめからはじまった希望は永遠に叶うことはない。自らそれらの欲望を不可能だときめつけてしまうことほどネガティブな行為はないだろう。
ネガティブな感情が睡眠というスピリチュアル・ヒーリングにとってよい効果をあたえないことは、すでに説明したとおりである。そしてその先にはよい睡眠もよい人生もない。
この場で考えていきたい「見たい夢」は、それらとはまったく異なる。
見ることによって現実をよりよいものにすることができる夢のことだ。
同じ「金持ちになる夢」でも、ポジティブな姿勢で見ることが重要なのである。「せめて夢ぐらい」ではなく「夢を正夢にする」といった気持ちで見れば、その価値はまったく正反対のものとなる。
人間は、自分がなりたい自分であろうとする力をもっている生きものだ。そうした理想どおりの夢を繰り返し見ることで自己暗示にかかり、それが具現化する可能性もあるだろう。
また、理想図そのものを直接夢に見ることばかりが有効な方法ではない。
たとえば、現状を変えたいと望んでいるのであれば、変革を示唆している内容の夢を見ればよいのである。
すなわち、夢診断の結果を逆引きしようということだ。大きな変化を示唆する夢として代表的なものには、「死」や「誕生」を想起させる夢が挙げられる。こういった夢をあえて見ることで、現実にも変化を起こそうということである。
いずれにせよ共通しているのは、ポジティブな気持ちで、見たい夢を具体的にイメージすることだ。
そして絶対に忘れてはいけないのは、夢のコントロールは過程であって目的ではないという点である。
ここでの最終目的は、夢を通じて現実の人生もよいよいものへとコントロールしていくことなのだ。
夢をコントロールするためのアプローチ
夢をコントロールするためのアプローチには、主に2つの方法が考えられる。
(1)見たい夢を誘導する – 受動的なアプローチ
「見たい夢を見る」といったときに最も多くの人が想像するのは、このアプローチだろう。
夢を見るまでの段階で打つべき手を打ち、眠りについてから先のことは自然のメカニズムにまかせるというものである。
これは受動的なアプローチといえる。夢そのものには介入せず、対策をとることができるのは起きているあいだだけだからだ。ベッドに入ったあとは祈るほかない。
従来までのよく知られている夢の原理にまったく逆らわない方法であり、意外性はないが、それゆえに多くの人が実践しやすい方法だともいえる。
具体的な手続きも、古くよりいろいろなものが紹介されてきている。
たとえば、見たい内容を具体的に書いた紙を枕の下に入れておくとか、昼間に仮眠をとることであえて眠りを浅くするとかいったものがそれだ。
これらの手法が実際に効果的かどうかは、なんとも言いがたいところである。
結局は、自分がいかに自己暗示にかかりやすいかによってくるからだ。
夢を見せるのが脳である以上、脳に暗示をかけることがこのアプローチへの近道なのだといえる。
ここでおすすめしたいのは、イメージトレーニングである。
前々回の記事で紹介した自己暗示の方法を応用するのだ。就寝前、宙に高く浮かぶイメージが浮かんだところで、見たい夢の内容を強く念じるのである。ここで暗示をかける対象は、あくまでも外の世界ではなく自分の脳である。
だから、自己実現という点からみても、直接的に現実を変えるイメージを暗示するよりも、この方法のほうが難易度も低いといえる。
両手両足の重さを自在に変えられる段階まできていれば、この方法は数回に一度は成功するはずだ。
(2)明晰夢を見る – 能動的なアプローチ
一方、明晰夢というアプローチも考えられる。
近年はこの言葉もだいぶ市民権を得た。通常の夢の場合、自分自身ではそれが夢だと認識していないことが多いが、明晰夢では、はっきりと夢だと理解したうえで夢を見つづけるのである。そして、思うとおりに夢を動かすことができる。
こちらも、夢を見るまでの段階で相応の対策や訓練をする必要があるが、そこではストーリーの内容に触れる必要はない。訓練するのは夢のなかでも明晰でありつづける方法だ。
ひとたび成功すれば、夢の内容については自由自在に介入できるようになるので、きわめて能動的である。
最初のアプローチが、書店で本を選ぶようなものだとしたら、こちらのアプローチは自分で物語を執筆してしまうようなものといえよう。
と、こう説明すると現実離れしたことのように思われがちだが、実は誰にでも明晰夢を見た経験はあるはずなのだ。まったく覚えがないという人もいるかもしれない。しかし、それは短すぎて自覚していないだけである。
われわれはふだん、夢から覚める直前の瞬間に、「これは夢だ」と自覚する。それが引き金となって目が覚めるということが多い。
この、「これは夢だ」と自覚した状態こそが、非常に短い明晰夢なのだ。
つまり明晰夢とは、目覚めることなくこの瞬間を長く持続することなのである。
これを実現するための方法は、慣れるまではなかなか困難である。
夢を見るためには基本的に眠りが浅くなければいけないが、浅すぎるとすぐに目が覚めてしまうからだ。このバランスがむずかしい。
さらに、明晰夢時の心身の状態は金縛りのときとも似ているため、怖がって目覚めようとしてしまうことも多い。
明晰夢に入るための訓練としては、日常的に夢日記をつけることが挙げられる。
夢日記は、夢を夢と自覚したうえで夢に接するためのベストな方法である。これによって、通常は目覚めるとすぐに忘れてしまいがちな夢の記憶を保存することができ、脳に夢という世界の存在を許容させることができるだろう。
また、明晰夢から目覚めてしまわないためには、夢のなかで身の回りにある物体を掴んでじっとするとよいとされる。夢の世界から放り出されないように掴まるのである。
こうした点を上手にコントロールできるようになれば、見たい夢を見ることは容易になるだろう。
もとより、夢は意識と無意識の狭間に存在するものである。自分自身が本来もっていながら、ふだんは自覚できていない性質や能力を顕在化してくれるものだといえる。
その意味で、スピリチュアル的な発想との親和性は高くて当然なのだ。
精神のステージを高め、心身を最もあるべき状態におくことが求められる。
夢を見たあとが肝心
地道なトレーニングを重ねて挑戦をつづければ、ここまでに解説したように、自在に夢をコントロールできるようになる日がくるだろう。
心身が求める「気持ちよい状態」に到達するのももうすぐである。
ただ、本当に重要になってくるのは、夢を見たあとだ。
どれほど価値ある夢を見たところで、それを現実に反映させるための手続きを怠っていたのでは、その夢はいつまで経っても夢のままでしかない。
それでは、ただ単に現実で叶えられない欲望を夢に託すだけの人々となにも変わらなくなってしまう。
夢での体験を現実に生かすためには、それがたしかに自分を変えてくれるのだという暗示も必要になるのである。
心配することはない。すでに、ポジティブな夢を見たことで、心身はポジティブなエネルギーに満ちあふれているはずである。何度か述べているように、人間は「そうありたい自分」になろうとする力をもっている。その力の発現を、ポジティブなエネルギーによって促進することができるはずだ。
見ただけで終わりにすることなく、夢日記をつけてみたり、現実を夢に近づけるべく努力を重ねるとよい。それによって、一度夢のなかで理想図がイメージされているため、現実の肉体もそこに近づいていきやすくなる。
生活のクオリティを向上させるためには時間がかかるかもしれないが、夢のクオリティならば今日からでも変えられるはずだ。
この記事を参考に、あなたの人生が今より少しでも幸福なものになるならば幸いである。